プロジェクトチームを集め、推進していく為に

ソニーコンピュータサイエンス研究所 吉村司

プロジェクトを立ち上げ、推進していく際に最も大事なことは、ゴールが明確にわかるイメージをメンバーと共有することだと私は考えている。

例えば、新しいウエアラブルなカメラを企画構想したとしよう。それは従来のスポーツの時にだけ装着するものではなく、日常使うもので多種な画像認識機能を搭載していると仮定する。そのコンセプトを人々に伝えるために、実際にコーマーシャルフィルムを作り、また車内吊りを作るのである。もう発売されているのか?と見間違うほどの精巧なカタログも作る。これらはパワーポイントを使ったどんな社内説得より有効だと私は考えている。

私が作ってきたビジュアルツールには実際に発売されたが如く商品が具体的に登場する。人々が使うシーンが具体的に描かれている。つまりその新製品を買うと人々の生活や趣味がどう変わるのか、見れば一発でわかるのだ。

逆に言えば、車内吊りの一枚も作れないような企画案は「目が出ない」と考えて良い。膨大な情報の中で人々は生活している。よって自分の企画を人々に訴求するには一目、一言のフレーズで伝わらなくてはならない。それが表現できないような企画は企画そのものに無理があるのだ。

私は新プロジェクトを立ち上げる時に、デザインモック、動作サンプルと共に各種の広告ツールを作ってきた。同時に、プロジェクトがムーンショット[1]な構想の場合、いくつかの未来予想図と共に「小説」も書いてきた。デザインだけでは伝わらないからだ。
未来はこうなる、というストーリーをあたかも未来を見て来たかのように書くのである。SF小説というジャンルがあるし、また小説を使ったプロジェクト決起は私のオリジナルではないことは承知しているが、そういう手法で仲閒を集め、また目的共有した事があったことをここに参考事例として公開したい。

2017/10/15 吉村司

→1997 シミュレーションノベル 「VR Project」序文
このプロジェクトは実際に起動されこの執筆の3年後、360度カメラを使った初の商業ソフト「モーニング娘。スペースビーナス」として発売され、いくつかのタイトルソフト、配信サービスも実現したが、2004年4月、プロジェクトは解散となった。当時、この小説を読んだ一人の技術担当役員(森尾稔氏)はここに書かれていることを実現するには100年かかり、いつの間に100億円も使ってしまいましたと、お前達は言うだろう、と審議の場で指摘し、場を沸かせた。森尾氏は動物的勘でおそらく100年はともかく、少なくとも数十年はかかると予感したのだろう。

2017年10月現在、未だに私が書いた小説世界は実現していない。また、今改めて私は自分の「作品」を読み返して、人々はこのサービスを将来本当に欲するだろうか?とやや疑いを持っている。
その意味でも私にとって忘れがたいプロジェクトであった。

※本編は実在の人物名が書かれていたが全て仮名に置き換えた。
また実際に存在した技術が登場するが、既に秘匿性はないと考えオリジナルのまま掲載する。
本編を執筆した際、私はソニー株式会社IT研究所研究企画室に所属していた。
※本編の第1ページ目、“第三部「Tactual E」1998年3月ごろ”と書かれてあるが、これは私の次回作もあるという予告宣言であった。当時のVR Projectは力触覚もテーマとして扱っていた。映像と音響だけでなく「力触覚もディスプレイ化」。つまり力触覚データも本編に書かれてあるように“双方向放送する”という目標をたてたのだ。4人のチームがソニー製産業用ロボットに直結させたDeviceに様々な応力発生させ、将来の展望を模索していた。力触覚放送はカスタマーにどのような世界を提供できるのか、それを示すための執筆を私は予告したものだった。
 
[1] 壮大な課題、挑戦