10月14日~16日に開催されたソニーコンピュータサイエンス研究所Open House 2015についてのレポート第3弾(最終)です。(株)TM Future 竹内美奈子氏に寄稿いただいています。
BLOG5: 2015.11.30
ソニーコンピュータサイエンス研究所Open House 2015 レポート(その3)
ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下、ソニーCSL)「オープンハウス2015」。前回、前々回と「シンポジウム」のセッションⅠ「グローバル・アジェンダ」、セッションⅡの前半「ヒューマン・オーグメンテ―ション」までをご紹介してきた。
今回は、セッションⅡの後半、「パネルセッション」である。題して「未来に向けて」。登壇者は、遠藤謙さん、大和田茂さん、柳平大樹さん、笠原俊一さん、山本雄士さん、アレクシ―・アンドレさん、そして本條陽子さんである。
まずは、大和田さん、柳平さん、笠原さん、遠藤さんのプレゼンテーションから。
「萌え家電」の著書をもつ、大和田さん。やや秋葉系の風貌(失礼)、引き籠り風のキャラクターを演じてようにもみえる。文字通り「スマートハウス」をキャラクター化し、スマホによる操作のアプリケーションやAPIを開発、「ロボット家電」での遊びやその可能性を広げてきた。社外メーカーとの協業も多く、ネット上のコミュニティの管理人を務め、YouTube番組を持つなど、他の研究者とは異なる独自のチャネルや外向きの顔も多くもつ大和田さん。そんな様々な試行錯誤の上に、次に彼が拓く「未来」の姿は、「スマートハウスは、賢いリモコンではない」。ユーザの行動がトリガーになり起動するリモコンは、人間がシステムより賢いという前提のもの。そうではなく、システムによって人間が気づかないことを気づかせ、助けてくれる、スマートハウスの賢さを使って人と人が新たな人間関係を作るようなもの。そんな彼の描くスマート家電、ロボット家電生活とはどんな世界が広がるのだろうか?ソニーCSLの中でアプローチが最もコンシューマーよりの大和田さんだからこそ、エネルギー側からだけではない「ソニーが家電2.0!?」の「未来」に期待が膨らむ。
柳平さんは、OES(Open Energy System)のプロジェクトメンバーである。現在沖縄で実証実験中のDCOES(DC-based Open Energy System)は、台風、塩害、高温高湿度、強い日差しという過酷な環境のなかで10カ月間電力の安定供給を続けている。ここ1年で21回現地に赴いたという柳平さんは、オープンシステムだからこその外乱(実際、彼は台風直撃に遭遇する)を体験し、知見を増やし、自信を深めた。それらの過酷なまでの経験を通して、彼は、地球に到達する自然(太陽)エネルギーを全世界に届ける「未来」を描く。しかも、電力消費の膨大な大都会から無電化地域まで、である。そのためには、彼らのOESを様々な状況で実装し、現実に起こる一つひとつの問題を丁寧に解決していく必要がある。「電力も一つのメディアである」という柳平さんは、ソニー時代はプレイステーションの開発者であった。ゲームから越境してきた彼の視点とフィールドで重ねてきた経験が、既存の系統電力にとらわれないボトムアップの電力循環(生産、消費、交換、共有)システムの「未来」を拓く。プレステの開発者が考えるエネルギーシステム?さて、どんなダイナミズムが生まれるのだろうか?
笠原さんは、ソニーR&D(ソニーCSLとは別組織)のUI(ユーザーインターフェース)の研究者から転身をしている。コンピュータと人間のインターフェース(Human-machine interface)の研究において、「新しいテクノロジーは適応能力の早い人間によってその利用技術が獲得され人間がどんどん技術を凌駕していく」という気づきを得た笠原さん。そこから彼は「人間の相互接続」へと興味を持ち、「ヒューマン・オーグメンテーション」の分野へ、まさに自ら(の研究分野)を「拡張」してきた。彼の研究の場は、子供たちが相互の視線を共有して「キリンの絵」を描いたり、「鬼ごっこ」をしたりする、まさに「遊び」そのもののような場である。そのような場で「人間と人間が直接接続」され、各々の視界や記憶を相互に補完し合う。そのなかで、人間はどんな能力を獲得し、ふるまいを経て、自分自身を進化させることができるか。それが彼の探し求める「未来」である。コンピュータがモバイルからウェアラブルになってきた一方で、「人間自体が相互に接続されうるメディアとなる」が彼の主張である。「メディアとしての人間」として再定義された私たちは、体験や知覚、記憶や感覚を共有したり拡張したりできるのだという。彼の視界の先には、テクノロジーの力を借りて、人間同士が相互に拡張し、ひいては、社会全体の総和としての体験や知識を拡張できる、そんな「未来」が見えているようである。「人間の輪郭を変えたい」。ここにも、「Think Extreme」がもたらす「未来」がありそうだ。
ロボットの研究者であった遠藤さん。MITメディアラボでの7年間の研究生活を経て、北野さんに誘われソニーCSLに移籍している。彼の「未来」は明確である。「身体障害のない社会」。
「身体化する義足」。遠藤さんの作った義足で走るパラリンピアンが、ゴールドメダルをとり、さらに、健常者の記録を上回る。そこには、オリンピックとパラリンピックという競技の区別はもうないのかもしれない。「Xiborg」という彼らの会社では、為末大氏や3名のパラリンピアン、そして、鹿屋体育大学の松尾先生等の協力者を得て、彼の目指す義足を開発する。例えば、データを解析して筋肉一本一本の動きを分析し、地面を蹴ることのできる義足を作る。義足も改良するが、走り方も改善する。そんなチーム「Xiborg」がスポーツの地図を塗り変え、社会を変える。「メガネ」のように、障害を補うものではなく、ファッションやおしゃれの一部、人間の能力を拡張するものとしての義足。彼には、切断された足の部分が、余白(スペース)に見えるのだという。そのスペースに何を満たすか、わくわくするという。彼の答えとゴールは、「身体化する義足」であり、「身体障害のない社会」である。
以上のプレゼンテーションに続き、セッションⅠで登壇した山本雄士さん、アレクシさん、そして本條さんが加わり、パネルが始まった。
一見、まとまりがないように見える。確かに、「ソニーCSLは他と違う」という共通点以外は、話の接点がないような様相で始まったパネル。ただ、ソニーCSLの特徴である「個々人が(際)立っている」「一見関連性のないことをやっている」ようにみえる研究者たちが、その研究や環境を語る時、個々が、世界との繋がり、社会との関わりが自然と口をついてでてくる。そこがやはりこの組織の強みなんだろうと思わせる。またソニーCSLという多様性のなかでの自身の立ち位置を試行錯誤しながらも、周囲でやっていることを面白がり興味の触覚を伸ばす。これもこの組織の特徴であり、盤石な基盤となっているのだろう。
各々の領域で「第一人者」である彼らが組織に属していることの意味は、北野さんが語るビジョンもさることながら、「本気でやっている人間が、何が問題の本質か、どこで困っているか」を共有し、「体に残っているものを、後から結合する」(笠原さん)、必要な時に個々の課題解決に活かすというような有機的結合があちこちで行われることでもある。
このセッションで、初めて研究者以外で登場した本條陽子さん。テクノロジープロモーションオフィスのプロデューサーでもあり、総務広報オフィスのジェネラルマネージャーでもある。パネルセッションの中で、個々の研究者は、各々の言葉で自分の世界観を語り、「未来」を語る。研究者たちが「どう世界に役に立っているか?」まだ一人ひとりが十分言葉で表現しきれないところを、彼女が上手く引き出し、補完し、時に代弁してみせる。日頃からジェネラルミーティングを取り仕切り、広報という渉外の要となり、各種社内外とのコラボレーションプロジェクトをプロデュースする、そして、今回のオープンハウス2015の統括を務める本條さんの、研究者へのサポートの力はやはり欠くことができない。
最後は、暦本さんによる「クロージング」。ソニーCSLが掲げる「CS(コンピューターサイエンス)」について、改めて思いを語る。ひたすらCSのパーツを開発してきた20世紀から、人類を変え社会を変える課題解決のためのCSに成長してきた21世紀。北野さんも暦本さんもその両世紀にどっぷりCSに浸かり変化を牽引してきた生き証人であり、トップランナーであり、次の世代につなぐリーダーである。
暦本さん曰く、やりたいことややるべきアジェンダが、あり過ぎるほどであるという。ぜひCSLを一緒に盛り上げていきたいと、力強く会場に向かって訴えた。
Open House - Demonstrations
そして、翌日、翌々日に高輪ミューズビル、ソニーCSLで行われたオープンハウス(研究所公開)。2日間で延べ1200人以上の見学者が内外から訪れ、ブース毎に、デモンストレーションやプレゼンテーション、そして個々の研究者と見学者との直接の意見交換が行われた。
ガーナでの「FIFAサッカーワールドカップのパブリックビューイング」やバングラデッシュの「LED電灯を届けるプロジェクト」などの映像、カラーパレットのデモからISSAY MIYAKEデザインの実物バッグ、義足体験、プリンタブル・ガーデン、ウェアラブルコンピュータを使ったJackIn Space等々・・・。リアルな映像や、電力システムのデータモニタリング等もさることながら、私たちが起こりえないと考えてしまうことを、コンピュータを駆使してバーチャル化し、その場で訪れた人たちに可視化体験させてしまう。さながら、ショールームのようでもあるし、テーマパークのようでもあり、タイムマシーンにのってやってきた異次元空間と言われればそんな気にもさせてくれる。
例えば、2階の一角では、ドローンやウェアラブルセンサー、ウェアラブルコンピュータを装備してのJackIn & JackOut体験。他人と自分の視界を共有する、他人の視線で自分を見る、いわば幽体離脱体験のデモンストレーション。そこでは、もうそこにある「未来」を手に取るように体感させてくれる。これが、私たちの仕事や、移動や、スポーツ観賞などのエンターテインメントにどんなふうに取り入れられ、世界が「拡がる」のか、ただもう無条件にわくわくする。もちろん、高齢化社会にどう貢献してくれるのか、そんな視点の議論も聞こえてくる。ちなみにここにはテレビ取材も入っていた。
3階のアレクシさんのブースでは、見学者の持ち物や服装をカメラで映しとったと思えば、たちまち画面上でたった一つのカラーパレットを作り上げてしまう。この技術を用いてIssey Miyakeとのコラボレーションが生まれた。一斉に歓声があがる。茂木さんのブースも、相変わらずの議論白熱である。
さらに、3階では、シンポジウムに登壇のなかったものの多様な分野の基礎研究、応用研究の研究者による発表に、これまた多様な目的や興味をもつ見学者がブースを訪れ、活発な質疑や意見交換が行われていた。吉田かおるさんの「推移感受距離」、佐々木貴宏さんの「オープンシステムモデリング」、磯崎隆司さんの「オープンシステムデータアナリティクス」、ミカエル・シュプランガーさんの「発達的人工知能」。ナターリヤ・ポリュリャーフさんの「科学者が考える、本当のコスメ」なども、その意外性だろうか、目を引いていた。
私が招待した工学部系大学院生が、佐々木貴宏さんのブースを見学し、こんな感想を送ってくれた。彼のオープンシステムを突き詰めていく過程で、(再現性のない)一回性の現象をシュミレーションすることにより仮想的に再現し科学的アプローチを可能にするという視点や、ミクロの現象とマクロの現象をうまく結び付けて論じられる「社会的意義」のあるテーマを探した結果「仮想水」という研究テーマに到達したこと、CO2 排出権取引のように仮想水取引が行われるような「新しい指標」が作られる「未来」の姿を知り、研究者としての姿勢を大いに学んだと。彼らの姿勢を学び、インスパイヤされた研究者の卵の未来もまた楽しみである。
さらに特筆すべきは、パシェさん率いるソニーCSLパリからも、全員が来日、ピーター・ハナッペさんの「アグロエコロジーの展開」、ピエール・ロワさんの「音楽生成のための統計的モデル:ポリフォニーの実現」、レミ・ヴァン・トレップさんの「自然言語処理の新パラダイム」などの発表が行われていたこと、夏目哲さんや柏康二郎さんによる「研究営業」というブースが設けられ、スピンアウトした「Koozyt」や「Sony Global Education」のメンバと共にアプリケーションやそのサービスのデモや展示を行っていたことであろう。
ソニーCSLの研究や活動が、「研究テーマの探索経緯」から「技術や研究が社会にどのように役立つか」といった実際の事例まで、end to endで実際に観て体感できる場としてまさに集結したといえる。
基礎研究に近い分野においても、限りなく応用技術に近い分野においても、ポスターパネルやコンピュータを前にした研究者自身によるプレゼンテーションやデモンストレーションを訪ね歩き、ある共通点に気づく。各ブースでは、それらのend to endのあらゆるフェーズの議論が行われており、自然科学と社会科学、ミクロとマクロ、定量と定性、オープンシステムの様々なトレードオフの中からの社会的意義など、「Borderを超える」ことはもとより、研究者としてのバランス感覚というのだろうか・・・一言で言うのは難しいが、ソニーCSLに訪れる見学者の多様性に、一人ひとりが太刀打ちできる多角的な視点と、一方で、その中から針路を定めることの(良識も含めた)研究者としての姿勢が明快なことである。日頃から求められている姿勢なのだろう。
このように、研究テーマの探索やそのアプローチプロセスから、適用領域まで、多様な人たちとオープンに議論できるのが、この「オープンハウス」の一つの醍醐味なのだ。ここに来れば、研究シーズのディスカバリーの段階からその技術が使われる「未来」の議論ができる。彼らは、同業も競合ももちろんパートナーにも文字通りオープンである。
今年は残念ながら足を運べなかった方々へ、ぜひ次回は、ソニーCSLを訪れて頂きたい(2年半後開催予定)。そして、彼らの視点と未来に触れ、「世界を良くするための『作戦会議』」にぜひとも加わって頂きたい。今年も良きパートナーとの出会いが多く生まれ、共につくる「未来」に近づけたことを念じてペンを置きたい。
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