人間の価値を信じ 意識の科学を解く

善意を持って協力し合えるような世界

僕は一貫して「人間とは何か」ということを考えてきました。

今、AI(人工知能)の世界では2つの対立する考え方があると言われています。ひとつはトランスヒューマニズムといい、AIを使って人間がさらに高みに行くというような考え方です。人が自分の認識する世界をより広げ、より多くを感じ、より多くの人と協力できるようになることを目指しています。そしてもう一方がポストヒューマニズムです。これは人間をAI で置き換えるような考え方で、例えばヒューマノイドロボットが人間の代わりに働いたり、今まで人間がやっていたことをAIがやるので、もう何もやる必要がありません、というようなことですね。

この二つの対立する考え方の中で、どちらかというと僕はトランスヒューマニズムに共感しています。人間がより広い世界を認知し、より深いことを理解し、よりお互いに善意を持って協力し合える世界。これをどうやったら作れるのかについて興味を持っています。そして振り返ってみれば、僕はソニーCSL に入ってからずっと、人間の可能性を信じてきたように思います。

脳の素晴らしい働き

僕は「クオリア」という考え方で脳と意識の研究をしています。クオリアは意識の中の質感のことですが、こういうものに象徴される人間の脳の働きの素晴らしさ、その計算力の凄さが、AIとの比較においてあらためて注目を集めています。現在AIの世界ではGPUなどの電力使用量が増加してきており、本当にこのままAIを進化させようとしたら、地球の環境に負荷を与えるような大きなエネルギー量が必要になってしまうことが懸念されています。にもかかわらず、クオリアは今のところAIにはなく、人間の脳にしかありません。人間の脳がこれだけの低いエネルギー消費量でこれだけの素晴らしい働きを見せることは驚くべきことなのです。

生きがい

最近の僕の研究のキーワードである「生きがい」も、同じように人間の可能性に注目した概念です。

生きがいは、生きる喜びや生きる実感そのものを表す概念で、日本の生命哲学です。特にAIとの比較において、生きがいをいかに人間が保ち、それを増やしていけるのかという面で注目されており、逆に、AIによって「生きる実感」つまり生きがいが奪われることが懸念されてもいます。これを生きがいリスクと言いますが、これも今、僕の大きな研究テーマになっています。

人間の可能性は単数形ではない

脳の研究をしていると、どうしても個性の問題がクローズアップされてきます。僕自身も、ソニーCSLの皆からかなり個性的なタイプだと思われていると思いますが、ありがたかったのは、僕のような人間をこの場所が受け入れてくれていることです。ここでの本当に何とも言い尽くせない個性的な人たちとの出会いがあって研究生活が続いています。これはすごく大事なメッセージだと思っています。人間の可能性は単数形ではないのですよね。クオリアの、人それぞれの持ち方も違いますし、生きがいも人によって全然違っている。


僕の場合、取材等で生きがいの質問をされたときには、「蝶々が飛んでいるのを見ることです」と答えます。子どもの時に蝶々の研究をしていた昆虫少年だったので、今でもランニングなどをしている時に蝶々が飛んでいると、すごく生きがいを感じます。でもそれは僕の生きがいであって、蝶を見ても何も感じない人もいますよね。人によって違うわけで、やっぱり、それが生きがいの素晴らしいところです。

得意なこと、不得意なこと。過剰なところや控えめなところ。それがあるのが人間で、それらが合わさったコミュニティーというものが素晴らしいのだろうと思います。

グローバルに良い影響を

人類と、この惑星の未来のための研究について、社長である北野さんと意見を交わすことがあります。そういう価値観をソニーCSLが大事にしているということもあり、僕も以前からもう少し海外でビジビリティを高めたり、展開を行っていけたらと話していました。

ありがたいことに『IKIGAI(生きがい)』が世界的に、ベストセラーになったことと、それに続く『The Way of Nagomi(なごみの道)』や、3冊目の『Think Like a Stoic』というストイシズムの本の刊行など、ソニーCSLに入って以来ずっと課題だった、グローバルにいろんな良い影響を与える活動をしていくことが徐々にできるようになってきています。

実は、地球環境問題をはじめとして、人類の未来はそう楽観できるものでもないと思っています。そして言うまでもなく、ソニーCSLの大切な仲間たちがそういうことに取り組んでいます。サイエンスの立場から、いかに人間の可能性を広げていくかということが我々のミッションだと思いますが、ここで、我々のユニークなコントリビューションって何なのかな? と考えると、それはやっぱり、グローバルとは言いながら日本にベースがあって、日本人ならではの価値観や世界観をいかにサイエンスの言葉で広げていくか、形にしていくかということだと思います。そのあたりから、僕もソニーCSLの価値を高めるような活動ができていったらなと思っています。

お互いに響き合わせる

とはいえ、僕の究極の人生の目標はやはりクオリア、意識の科学を解くことです。これがなかなか難しくて、なかなか解けないのですが、それでもそれを解くということがライフワークなので、一生懸命やっています。

クオリアを中心に、人間の価値を信じて、しかもその個性をちゃんと受け止めて、お互いに響き合わせることが大事ですし、それが結局人類の平和や繁栄につながっていくと思います。そういうことができたら、世界の歴史の中でこのソニーCSLという研究所が、小さな1 ページかもしれないけれども名前を記すようなことになるかもしれない。そのような思いのもと、研究活動を行っています。(約2700文字)

※当記事は2025年12月19日にソニーCSL – 京都にて行ったインタビューをもとに再構成したものです。
茂木健一郎(話者)
福田 桂(聞き手)

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