[Event Report] Nature Conferenceにおける、出版社と研究コミュニティをつなぐAIクローンの実証

笠原俊一リサーチディレクター(ソニーコンピュータサイエンス研究所)は、2026年4月13日に韓国・ソウルの延世大学(Yonsei University)で開催された 新しい学術誌「Nature Sensors」の公式創刊を記念するイベントにおいて、AIクローンを用いた科学コミュニケーションの実証を行いました。

本実証は、AIクローンが出版社と研究コミュニティをつなぐ新たな科学コミュニケーションのインターフェースとなり得るかを検討するものです。


「人は有限である」制約を超えた対話を可能にする

学術出版の世界において、編集者やサイエンス・コミュニケーションを担う出版関係者は、研究者にとって重要な対話の相手です。研究者は、投稿先ジャーナルの選定やスコープの理解、査読への対応、さらにはキャリア形成に関する助言を、こうした対話を通じて得ています。

一方で、その対話の機会は常に限られています。学会会場では、多くの研究者が編集者と話す機会を求めますが、実際に交わされるのは休憩時間中の短い立ち話にとどまることがほとんどです。この状況は、「人は有限である」という構造的な制約に規定されています。

笠原研究員は、この制約そのものに着目し、AIクローンによって対話の構造を拡張できるかを検証してきました。このコンセプトである CXC(Circular Interactive AI Clone)は、人間の関与を前提として、AIクローンと人との対話を蓄積し、その知見を本人へと還元する循環型の設計を特徴としています。

AIクローンは、特定の実在人物の語り方や考え方、価値観をもとに構成され、第三者と対話を行います。その対話ログは本人に還元され、本人はそれを振り返りながら、クローンの振る舞いや応答の仕方を見直すことができます。この往復によって、AIクローンは本人の思考や態度の変化とともに更新され続けるのです。人を置き換える存在ではなく、対話を媒介し、その結果を人に返す役割を担います。


立ち止まり、向き合う対話

今回の実証では、こうした循環型の考え方をベースに、研究者がその場で立ち止まり、向き合って対話するという状況を立ち上げるため、AIクローンを会場内にほぼ等身大で対面するように設置しました。

AIクローンとなったのはNature Sensors 編集長のオルガ・ブブノワ氏と、シュプリンガーネイチャーのコンテンツ・イノベーション担当副社長ヘニング・シェーネンベルガー氏です。

等身大で“向き合う”形式は、心理的なハードルが高く、対話が浅くなる可能性も想定されていました。しかし実際には、15分以上続く対話も観察され、短い立ち話では扱いにくい内容について、時間をかけた相談や議論が行われる場面も見られました。

ネイチャー・カンファレンスにおける科学的対話のためのAIクローン
音声対話可能な4台の端末に、Nature Sensors 編集長オルガ・ブブノワのAIクローン(左2画面)およびシュプリンガーネイチャーのヘニング・シェーネンベルガーのAIクローン(右2画面)が表示されています


研究者や学生等が活発にAIクローンとの議論を行っている様子。

情報提供を超えた「ペルソナ」を介した対話

本実証では、AIクローンが単に質問に答える存在としてではなく、特定人物のペルソナをした対話相手として受け取られていた点も特徴的でした。

投稿や研究内容に関する相談に加え、個人的なメッセージや祝意がAIクローンを通じて伝えられる場面もありました。また、AIクローンとの対話を経て、実在の本人に話しかけに行く研究者の行動も見られ、クローンが対話への導入部、いわばきっかけとして機能していたことがうかがえます。
また、今回現地では参加しなかったヘニング・シェーネンベルガー氏は、今回の体験について、物理的な不在を完全に置き換えるものではないものの、AIクローンを通じて研究者と意味のある関与が可能であると感じたとコメントしています。また、体験後アンケートでは、回答者の55%が「論文の著者のAIクローンと議論してみたい」と答え、45%が「自分専用のAIクローンを作成してみたい」と答えました。こうした受け止めは、本実証が関係者にとっても、新たな対話の可能性を意識する契機となったことを示しています。


循環型科学コミュニケーションに向けて

本実証は、CXCで目指す循環型のコミュニケーションが、より専門的で判断を伴う対話が行われる学術出版の文脈においても成立し得るかを検討する第一歩となりました。編集者や出版関係者との対話を単に補完するだけでなく、特定の人物のペルソナを介した対話や、そこで得られた知見が関係者双方にフィードバックされるという点において、科学コミュニケーションの新たなあり方を考える試みでもあります。

オープニングでは、Nature Sensors 編集長オルガ・ブブノワ氏が自身のクローンと会話するシーンも

関連情報

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(Springer Nature CEOのFrank Vrancken Peeters氏 LinkedIn)

https://www.linkedin.com/feed/update/urn:li:activity:7449905261122629632

(Springer Nature Content InnovationのHenning Schoenenberger氏 LinkedIn)

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