手のひらサイズのロボットで医学の進歩に貢献する
私の研究活動の究極の目標は、「人の手の限界を超える、小型で精密なロボットを実現し、医学の進歩に貢献すること」です。
現在は、特に微細な操作が求められる眼科の再生医療領域を中心に、小型・高精度・低コストという特長を持つ折り紙ロボット技術や、精密力センシング技術を応用した手術支援ロボットの開発を進めています。
また、単に新しい要素技術を生み出すだけでなく、それが医療機器としてどのような価値を持つのかを明らかにするため、医学の専門家と連携し、リスク・ベネフィット評価の基盤構築にも取り組んでいます。新しい技術を開発し、その医療上の価値を検証し、その結果を次の技術開発へとつなげる。このループを一貫して回すことで、医学の進歩につながる研究を目指しています。

人の病気を「治す」ための技術
幼少期、家電量販店のチラシをスクラップし、新製品のベンチマーク表を作るような技術好きの子どもだった私にとって、故・井深大氏や故・本田宗一郎氏は、次々と新しい技術を生み出す魔法使いのような存在であり、憧れの技術者でした。彼らの姿から私が感じていたのは、技術とは単なる製品の一機能ではなく、社会や人々の生活を大きく変える力を持つものだということです。この価値観は、現在の私の研究活動にもつながっています。
大学生になると、好きだったロボット技術を人の役に立てたいと考えるようになり、医療ロボットや介護ロボットに関心を持つようになりました。転機となったのは、学部3年生のときです。当時MITメディアラボに所属していたある若手研究者との対話を通じて、人の病気を「治す」技術が持つ価値を強く意識するようになりました。
病気を治すことができれば、その人の身体機能や生活能力だけでなく、その後の人生そのものを大きく変えることができます。そして、その影響は患者本人だけにとどまらず、家族や友人、仕事や社会生活を通じて関わる人々にも広がっていきます。医療に貢献する技術には、それほど大きな社会的価値があるのだと考えるようになりました。
その思いをさらに強くする契機となったのが、恩師でありロボティクス研究の師でもあった長阪憲一郎さんのご逝去です。つい昨日まで言葉を交わしていた方が亡くなるという経験を通じて、医学が飛躍的な進歩を遂げてきた一方で、現代医学にもなお越えられていない限界があることを強く意識するようになりました。
世界中の研究者や医療者が知恵を絞り続けていますが、それでもなお、十分な治療法が確立されていない病気は数多く存在します。そうした病気の克服に、自分が関わってきたロボティクスで少しでも貢献したい。その思いが、私にとっての「Pay it forward(恩送り)」であり、現在、ソニーCSLで研究を続ける原点となっています。
手術支援ロボットの価値と限界
医学の歴史を振り返ると、X線撮影装置、MRI、CT、カテーテルなど、新しい医療技術の登場が診断や治療の可能性を大きく広げてきました。手術支援ロボットも、その一つです。
人の手は非常に器用ですが、手の震えを完全になくすことはできず、肉眼では見えないほど微小な対象を正確に操作することにも限界があります。ロボットによってこうした限界を超えることができれば、これまで困難だった治療を可能にしたり、手術の再現性を高めたりできる可能性があります。また、手術の低侵襲化が進めば、入院期間の短縮や早期の社会復帰にもつながります。
手術支援ロボットとしては、Intuitive Surgical社のda Vinciが2000年初頭に米国FDAの承認を受け、現在では世界中で広く使用されています。しかし、その概念自体は、実は古くから存在していました。1969年9月に発行された『週刊少年サンデー』には、未来の手術室の想像図として、現代の手術支援ロボットの特徴をよく捉えたイラストが掲載されています。このイラストは、本郷一博先生の論文でも紹介されています[1]。今から半世紀以上前の子どもたちも、いつかこのような最先端の手術が当たり前になる未来を夢見ていたのかもしれません。
一方で、こうした高度なロボット手術は、大規模な手術室や十分な人的資源を持つ大学病院など、一部の大規模医療機関を中心に導入されており、その普及には依然として課題があります。現在の手術支援ロボットの多くは大型で、2メートルほどのロボットアームを備えるものもあります。また、導入には数億円規模の費用がかかるうえ、高額な消耗品費も必要です。
こうした技術を、小さな手術室を持つ個人クリニックを含む、より多くの医療現場、そしてより多くの患者に届けるためには、既存技術の延長線上で単にロボットを小型化するだけでは限界があります。設計や製造の考え方そのものを変え、飛躍的な小型化、高精度化、そして低コスト化を同時に実現する革新的な技術が必要だと考えています。
手のひらサイズだからこそ、できる医療
ロボットを飛躍的に小型化し、高精度かつ低コストにするためには、ロボット機構を大幅に簡素化するとともに、できるだけ汎用的な材料を用いることが重要です。
従来のロボットの多くは、金属を切削加工したリンクと、ベアリングやシャフトを用いたジョイントの組み合わせによって構成されています。しかし、金属部品の切削加工には高いコストがかかります。また、ベアリングなどの機械要素には小型化の限界があり、機械的なクリアランス(構造上の隙間)が高精度化の妨げとなる場合もあります。
折り紙構造に着想を得たロボット(以下、折り紙ロボット)は、汎用的な樹脂材料を用いたシンプルな機構を実現でき、部品点数を大幅に削減できることに加え、機械的なクリアランスを抑えやすいという利点があります。折り紙ロボット技術は、これまで昆虫型ロボットや小型ドローンなどを中心に活発に研究されてきました[2]。
2017年ころ私は、この技術を手術支援に応用すれば、手のひらサイズの簡素な手術支援ロボットを実現できるのではないかと考えました。約1年間の開発を経て、2020年には、低侵襲手術支援ロボットで広く用いられるRCM(Remote Center of Motion)機構をベースとしたマイクロ手術用折り紙ロボットを発表しました[3]。
2021年にソニーCSLに参画してからは、再生医療の専門家と連携し、網膜下注射による網膜再建治療を支援する、より実用的な折り紙ロボット「Origanoid(オリガノイド)」の研究開発を進めています[4]。Origanoidは、約10 µmの精度で術具を操作できることに加え、手術機器に求められる滅菌にも対応しています。また、汎用樹脂をベースとした手のひらサイズの簡素な構造とすることで、1台あたり約4,000円(2024年時点)の材料費で製作することができます。2026年には、医師との共同研究により、生体動物モデルにおいて複数回の網膜下注射が可能であることを実証しました[5]。(2026/8/25 プレスリリース)
これらの研究は、現時点ではまだ初期的な試作機の開発とフィージビリティの実証という段階にあります。しかし、研究成果を論文として報告するだけでなく、将来的には実際の医療現場で使われるところまで見届けたいと願っています。
もし、このような手のひらサイズのロボットが広く普及すれば、国内外の地域医療を担う病院や小規模な医療機関でも、高度な治療を受けられる未来につながるかもしれません。現在取り組んでいる研究が、そのような未来を実現する一歩になることを期待しています。
医療機器のリスク・ベネフィットの研究
リスク・ベネフィットは、医療製品の価値を評価するうえで重要な考え方であり、薬事承認や保険償還など、国内外の行政上の判断にも広く用いられています。医薬品や医療機器では、治療によって得られるベネフィットと、副作用や有害事象などのリスクをてんびんにかけ、その価値を総合的に判断する必要があります。手術支援ロボットについても、上市後には大規模なランダム化比較試験などが行われ、開腹手術や内視鏡下手術と比較した有効性や安全性の検証が進められています[6]。
一方、医療機器には、機器そのものの不具合や性能上の限界によるリスクだけでなく、術者の操作ミスによる有害事象や、機器・術野の汚染といった運用上のリスクもあります。私たちは、これまでに報告された研究文献のシステマティックレビューを通じて、手術支援ロボット[7], [8]や術中イメージングシステム[9] などの手術支援機器において、こうした運用上の問題に起因する有害事象や、重大な事故には至らなかった事例、いわゆる「ヒヤリハット」が数多く報告されていることを明らかにしました。
このような安全性の評価は、新しい医療機器をできるだけ早く、かつ安全に患者さんへ届けるために、開発の初期段階から行うことが重要です。しかし、ここには難しい問題があります。
医療機器の効果や安全性を十分に確かめるには、多くの患者さんを対象とした比較試験が必要ですが、そのような試験を行うには、機器がある程度臨床に導入されている必要があります。一方で、機器を広く普及させるためには、十分な臨床データが求められます。つまり、「普及しなければデータが集まらず、データがなければ普及しにくい」という、いわば鶏と卵のような問題が生じます。
こうした課題に対して、医療機器や新しい手術技術の評価方法の体系化を進めているIDEAL Collaboration[10] では、人に使用する前の段階から、動物実験やシミュレーションなどを通じて、安全性や有効性に関する情報を積み重ねていくことを推奨しています。しかし、手術支援ロボットのような複雑な医療機器では、開発の早い段階で「何を、どこまで、どのように評価すればよいのか」という具体的な方法は、まだ十分に確立されていません [11]。
そこで私は、開発初期の手術支援ロボットを対象としたリスク・ベネフィット評価の方法論そのものが、重要な研究テーマになると考えています。例えば、動物モデルを用いた網膜下注射実験では、実施できる試行回数に限りがあるため、個体差や術者の技量によるばらつきの影響を受けやすく、評価の再現性を十分に確保することは容易ではありません。また、網膜出血のような微小な有害事象を定量化し、異なる手技の間で客観的に比較することも簡単ではありません。
そこで、例えば針先に加わる接触力を計測できる微細センシング技術を開発し、従来の手作業による注射とロボットによる注射を客観的に比較することで、限られた実験条件の中でも、より客観的で再現性の高いリスク・ベネフィット評価につなげられると考えています。
源流となる研究と、その先へ
今後は、新しい技術を開発し、そのリスク・ベネフィットを評価し、その結果を次の技術開発へと還元する。この循環を繰り返すことで、少しでも早い臨床応用につなげられるよう、研究を進めていきたいと考えています。
それと並行して、手のひらサイズで高精度かつ安価なロボットだからこそ貢献できる、新たな応用先も探索していきたいと考えています。
例えば、生命科学の分野で用いられるオルガノイドや細胞のマニピュレーションでは、繊細な組織を切ったり、移動させたり、組み合わせたりする微細な作業の多くが、現在も人の手によって行われています。こうした操作をロボットによって高精度かつ再現性よく行えるようになれば、実験の成功率や再現性が高まり、これまで難しかった科学的発見につながる可能性があります。
そして、そうした基礎研究から生まれた発見が、やがて新しい治療法や医療技術となって臨床現場へ還元され、さらに次の医学の進歩へとつながっていく。手術支援ロボットの開発だけにとどまらず、その源流となる生命科学から臨床までをつなぐ技術として、手のひらサイズのロボットを育てていきたいと考えています。
誰もが、どこにいても高度な医療を受けられる世界の実現に向けて、基礎研究から臨床現場までをつなぐ、手のひらサイズのロボットの研究開発をこれからも進めていきます。
[1] K. Hongo, “脳神経外科手術機器開発におけるイノベーション,” Jpn. J. Neurosurg., vol. 30, no. 7, pp. 527–529, 2021. http://dx.doi.org/10.7887/jcns.30.527
[2] S. Felton, “Origami for the everyday,” Nature Machine Intelligence, vol. 1, no. 12, pp. 555–556, 2019.
[3] H. Suzuki and R. J. Wood, “Origami-inspired miniature manipulator for teleoperated microsurgery,” Nat. Mach. Intell., 2020.
[4] H. Suzuki, “A Miniature 1R1T Precision Manipulator with Remote Center of Motion for Minimally Invasive Surgery,” Proceedings of the 2024 IEEE International Conference on Robotics and Automation (ICRA), May 2024.
[5] H. Suzuki, Y. Nakano, Y. Koyama, T. Maeda, and M. Takahashi, “Origami-inspired manipulator enables in vivo subretinal injection,” Npj Robot., vol. 4, no. 1, June 2026.
[6] H. F. Roh, S. H. Nam, and J. M. Kim, “Robot-assisted laparoscopic surgery versus conventional laparoscopic surgery in randomized controlled trials: A systematic review and meta-analysis,” PLoS One, vol. 13, no. 1, p. e0191628, Jan. 2018.
[7] H. Suzuki, K. Hattori, and K. Iwasaki, “Time-series and thematic analyses of clinical utilities and operational issues in early clinical studies of the da Vinci surgical system,” J. Robot. Surg., vol. 20, no. 1, May 2026.
[8] H. Suzuki, K. Hattori, and K. Iwasaki, “An Investigation of Post-market Early-Stage Research Designs Between Two Generations of da Vinci and Versius: Focus on Prospective Studies and Adverse Event Analysis,” Regulatory Science of Medical Products, vol. 15, no. 2, 2025/5.
[9] H. Suzuki, Y. Tsuboko, M. Tamura, K. Masamune, and K. Iwasaki, “Synthesis of the clinical utilities and issues of intraoperative imaging devices in clinical reports: a systematic review and thematic synthesis,” BMC Med. Inform. Decis. Mak., vol. 25, no. 1, p. 70, Feb. 2025.
[10] P. McCulloch et al., “No surgical innovation without evaluation: the IDEAL recommendations,” Lancet, vol. 374, no. 9695, pp. 1105–1112, Sept. 2009.
[11] H. J. Marcus et al., “The IDEAL framework for surgical robotics: development, comparative evaluation and long-term monitoring,” Nat. Med., vol. 30, no. 1, pp. 61–75, Jan. 2024.
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